ウォーレン・バフェットという名は、単なる投資家の枠を超え、現代資本主義における「賢者の石」を探し求める探求者の代名詞となっています。彼が率いるコングロマリット、バークシャー・ハサウェイ(Berkshire Hathaway, BRK.A / BRK.B)のポートフォリオは、世界中の投資家がその一挙手一投足を注視する羅針盤です。しかし、多くの人々がそのポートフォリオを単なる「買うべき銘柄リスト」として捉えてしまう過ちを犯しています。それは、名画の表面的な色彩だけを見て、その背後にある画家の哲学や情熱を見過ごすようなものです。
バークシャーのポートフォリオは、数字の羅列ではありません。それは、90年以上にわたるバフェットの経験、知恵、そしてバリュー投資(Value Investing)という揺るぎない哲学が具現化した「生きた書物」です。本稿では、最新の公開情報(13Fファイリングなど)を基に、バークシャー・ハサウェイのポートフォリオを解剖します。しかし、目的は「次に何を買うか」を予測することではありません。その目的は、銘柄選択の背後にある一貫した論理、つまりウォーレン・バフェットの思考プロセスそのものを深く理解することにあります。なぜ彼はテクノロジーの巨人をポートフォリオの核に据えたのか?なぜエネルギーセクターへの大規模な賭けに出たのか?そして、なぜ記録的な現金を保有し続けるのか?これらの問いへの答えを探る旅は、単なる投資戦略の学習を超え、ビジネスの本質、市場の心理、そして長期的な富を築くための普遍的な原則へと我々を導いてくれるでしょう。
ウォーレン・バフェットの投資哲学:4つの柱
バークシャーのポートフォリオを理解するための第一歩は、その土台となっているウォーレン・バフェットの投資哲学を把握することです。彼の哲学は、師であるベンジャミン・グレアムから受け継いだ「バリュー投資」を核としながらも、チャーリー・マンガーの影響を受け、「素晴らしい会社をそこそこの値段で買う」という形に進化しました。この哲学は、主に4つのシンプルな原則、あるいは「柱」に集約されます。
1. 理解できるビジネスに投資する(能力の輪)
バフェットが最も重視する原則の一つが「能力の輪(Circle of Competence)」です。これは、自分が完全に理解できるビジネス、その収益モデル、競争環境、長期的な見通しを予測できる範囲内でのみ投資を行うという規律です。彼はかつてこう語っています。
「重要なのは、その輪の大きさがどれくらいかということではなく、輪の境界線をどれだけ正確に把握しているかということだ。」
ウォーレン・バフェット
多くの投資家が、話題のハイテク企業やバイオベンチャーに飛びつきたくなる衝動に駆られますが、バフェットはそのビジネスが10年後、20年後にどうなっているかを合理的に予測できなければ、決して投資しません。彼が長年、コカ・コーラやアメリカン・エキスプレスのような企業を好み、ハイテク株を避けてきたのは、この原則に忠実であったためです。後のAppleへの巨額投資は、彼がIT企業を避けているのではなく、「理解できない」ビジネスを避けていることの証明となりました。彼にとってのAppleは、ハイテク企業というよりも、強力なブランドとエコシステムを持つ「消費者独占型企業」として理解されたのです。
この原則は、個人投資家にとっても極めて重要です。自分が日常的に利用する製品やサービス、あるいは自身の職業に関連する業界など、深い知識と洞察を持つ分野に投資を集中させることで、市場のノイズに惑わされず、長期的な価値を見極めることが可能になります。
2. 長期的な経済的優位性を持つ(経済的な濠)
バフェットが投資対象とする企業は、必ず「経済的な濠(Economic Moat)」と呼ばれる、持続可能な競争優位性を持っていなければなりません。これは、競合他社が市場シェアを奪うことを困難にする、企業の構造的な強みを指します。城が堀に守られているように、優れた企業は参入障壁によってその収益性を長期にわたって維持します。
経済的な濠の源泉は多岐にわたります。
- 無形資産: コカ・コーラのブランド力、Appleの強力なエコシステムなど、価格競争を無力化するほどの価値を持つもの。
- コスト優位性: ウォルマートやGEICOのように、他社には真似のできない低コスト構造を確立している企業。
- ネットワーク効果: American ExpressやVISAのように、利用者が増えれば増えるほどサービスの価値が高まり、競合の参入を阻むもの。
- 高いスイッチングコスト: 顧客が競合他社の製品やサービスに乗り換える際に、金銭的・時間的・心理的な負担が大きい場合。例えば、企業の基幹システムを担うソフトウェアなどがこれにあたります。
- 規制上の優位性: 特許や政府の許認可など、法的に保護された独占状態。
バフェットは、一時的な流行や短期的な利益成長ではなく、この「濠」が広く、深く、そして持続可能であるかどうかを徹底的に分析します。なぜなら、強力な濠を持つ企業は、経済の浮き沈みの中でも安定したキャッシュフローを生み出し、長期的に株主価値を増大させることができるからです。
3. 有能で誠実な経営陣がいる
バフェットは、優れたビジネスモデルと同じくらい、そのビジネスを運営する経営陣の質を重視します。彼が求めるのは、単に有能であるだけでなく、株主のために誠実に働く経営者です。彼は「一緒に働きたくないと思うような、好感が持てず尊敬もできない相手とは、たとえどんなに儲かる話であっても、手を組むべきではない」と公言しています。
彼が経営陣を評価する際のポイントは以下の通りです。
- 合理性: 感情やエゴに流されず、資本を最も効率的に再投資できるかどうか。自社株買い、配当、事業投資など、状況に応じて最適な資本配分を判断できる能力。
- 誠実さ: 成功だけでなく、失敗も率直に株主に報告する姿勢。会計をごまかしたり、短期的な見栄えを良くしたりするために数字を操作しないこと。
- 株主への情熱: 経営者が会社の所有者(オーナー)のように考え、行動しているかどうか。彼らが株主の利益を自らの利益と同一視しているかどうかが重要です。
バフェットは、投資先の経営陣と長期的なパートナーシップを築くことを理想としています。彼は経営に口出しすることはほとんどありませんが、信頼できる経営者がいるからこそ、安心して巨額の資本を投じ、長期的に保有し続けることができるのです。
4. 合理的な価格で買う(安全域)
どんなに素晴らしい企業であっても、高すぎる価格で買ってしまっては良い投資にはなりません。これは、ベンジャミン・グレアムから受け継いだバリュー投資の核心であり、「安全域(Margin of Safety)」という概念に基づいています。安全域とは、企業の「本質的価値(Intrinsic Value)」と、その「市場価格」との差額を指します。
本質的価値とは、その企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローを、適切な割引率で現在価値に換算したものです。この計算は科学というより芸術に近く、将来の予測を含むため、常に不確実性を伴います。だからこそ、バフェットは本質的価値を大幅に下回る価格、つまり大きな安全域が確保できる価格で株式を購入しようとします。
「第一のルールは、損をしないこと。第二のルールは、第一のルールを絶対に忘れないことだ。」
ウォーレン・バフェット
この有名な言葉は、まさに安全域の重要性を説いています。株価が本質的価値を大きく下回っていれば、たとえ将来の業績が予測より少し悪かったとしても、あるいは市場全体が暴落したとしても、大きな損失を被るリスクを低減できます。市場が悲観に包まれ、優れた企業の株価が不当に安くなっている時こそ、バフェ...ットが最も積極的に行動する「絶好の機会」となるのです。
これら4つの柱は、互いに密接に関連し、バークシャー・ハサウェイのポートフォリオ全体を貫く不変の哲学を形成しています。次のセクションでは、この哲学が実際のポートフォリオにどのように反映されているかを具体的に見ていきましょう。
バークシャー・ハサウェイ最新ポートフォリオ解剖
バークシャー・ハサウェイの株式ポートフォリオは、米証券取引委員会(SEC)に提出が義務付けられている四半期ごとの報告書「Form 13F」を通じて公になります。これは、1億ドル以上の株式を運用する機関投資家が、保有銘柄を公開するものです。ただし、この情報を見る際にはいくつかの注意点があります。
- タイムラグ: 報告は四半期末から45日以内に行われるため、公開された時点では既に古い情報である可能性があります。
- 限定的な情報: 米国上場株式やオプションのみが対象であり、現金、債券、海外株式、そしてバークシャーが完全子会社化している多数の優良企業(GEICO、BNSF鉄道など)は含まれません。
- 意図の欠如: なぜその銘柄を売買したのか、その理由は記載されていません。推測するしかありません。
これらの限界を踏まえつつも、13Fはバフェットの思考を読み解くための貴重な手がかりを提供してくれます。最新のポートフォリオを見ると、いくつかの際立った特徴が浮かび上がってきます。
ポートフォリオの極端な集中度:なぜ少数の銘柄に賭けるのか?
多くの投資理論が「分散」の重要性を説くのとは対照的に、バークシャーのポートフォリオは極めて「集中」しています。上位5銘柄だけでポートフォリオ全体の70%以上を占めることも珍しくありません。これは、バフェットとマンガーの「分散は無知に対するヘッジである」という考えを反映しています。
彼らは、本当に優れた投資機会は滅多にないと信じています。そのため、確信度の高い、最高のアイデアが見つかった時には、そこに大きく賭けるべきだと考えます。数十もの銘柄に資金を分散させることは、リターンを平均化させてしまうだけであり、本当に理解している数少ない優良企業に集中投資する方が、長期的には遥かに優れた結果をもたらすと信じているのです。この集中投資戦略は、前述の「能力の輪」と「徹底的な分析」という哲学に裏打ちされているからこそ可能な、熟練の投資家ならではのアプローチと言えるでしょう。
トップ5銘柄の詳細分析
現在のバークシャーのポートフォリオの根幹をなす、主要な銘柄を見ていきましょう。これらの企業は、単なる投資先ではなく、バフェットの哲学の体現者です。
| 企業名 (ティッカー) | セクター | ポートフォリオ比率 (概算) | バフェットの投資哲学との整合性 | 主な「経済的な濠」 |
|---|---|---|---|---|
| Apple (AAPL) | 情報技術 | 約40-50% | 消費者独占型ビジネス、強力なブランド、経営陣への信頼、合理的な価格での購入。 | エコシステム、ブランド力、高いスイッチングコスト、顧客ロイヤルティ。 |
| Bank of America (BAC) | 金融 | 約8-10% | 理解可能なビジネスモデル、米経済への賭け、優れた経営陣(ブライアン・モイニハン)。 | 規模の経済、規制上の参入障壁、多様な金融サービスによる顧客の囲い込み。 |
| American Express (AXP) | 金融 | 約7-9% | 強力なブランドを持つ「手数料ビジネス」、ネットワーク効果、長年の信頼関係。 | 閉鎖型ループネットワーク、富裕層顧客基盤、ブランド価値、信頼性。 |
| Coca-Cola (KO) | 生活必需品 | 約6-8% | 究極の消費者独占企業、グローバルなブランド認知度、シンプルなビジネスモデル。 | 世界最高のブランド力、広範な流通網、秘伝のレシピ。 |
| Chevron (CVX) | エネルギー | 約5-7% | インフレヘッジ、国家にとって不可欠なビジネス、規律ある資本配分、魅力的な配当。 | 巨大な埋蔵資産、統合された事業モデル(上流から下流まで)、規模の経済。 |
1. Apple (AAPL):テクノロジー企業か、消費者ブランドか?
ポートフォリオの半分近くを占めるAppleへの投資は、多くの人々を驚かせました。長年テクノロジー株を避けてきたバフェットが、なぜこれほどの巨額を投じたのでしょうか。その答えは、彼がAppleを単なるテクノロジー企業として見ていない点にあります。
バフェットにとって、iPhoneはもはや単なる電子機器ではありません。それは、人々の生活に不可欠な「不動産」のような存在です。彼は、iPhoneを中心とした強力なエコシステム(App Store, iCloud, Apple Musicなど)が、顧客を深くロックインし、信じられないほどの顧客ロイヤルティを生み出していることを見抜きました。これは、彼が長年好んできたコカ・コーラやジレットのような消費者独占企業の現代版なのです。人々は価格が多少上がってもiPhoneを買い替え、関連サービスを使い続けます。これがAppleの巨大なキャッシュフローと高い収益性の源泉であり、バフェットが最も愛する「経済的な濠」そのものです。
さらに、ティム・クック率いる経営陣が、株主還元に非常に積極的である点もバフェットを惹きつけました。Appleは巨額の自社株買いを行っており、これによりバークシャーが何もしなくても、その保有比率は年々上昇していきます。これは、バフェットの「有能で誠実な経営陣」という基準にも完璧に合致します。Appleへの投資は、バフェットの哲学が時代と共に進化し、本質を見抜くことで新たな機会を捉えることができるという好例です。
2. Bank of America (BAC) と American Express (AXP):金融セクターへの二つの異なる賭け
バークシャーは長年にわたり金融セクターへの大きな投資家であり、現在もポートフォリオの重要な部分を占めています。その中でも、Bank of AmericaとAmerican Expressは対照的ながらも、それぞれがバフェットの哲学を色濃く反映しています。
Bank of Americaへの投資は、アメリカ経済そのものへの賭けと言えます。大手商業銀行は、経済の動脈であり、金利の上昇局面では収益が拡大する傾向があります。バフェットは、CEOブライアン・モイニハンの堅実で規律ある経営手腕を高く評価しており、リーマンショック後の厳しい規制環境を乗り越え、強固な財務基盤を築いたことを称賛しています。これは「理解可能」で「不可欠な」ビジネスであり、優れた経営陣に率いられているという、彼の基準を満たす投資です。
一方で、American Expressは、よりユニークな「濠」を持つ企業です。同社はカード発行(イシュア)と加盟店契約(アクワイアラ)の両方を手掛ける「クローズドループ・ネットワーク」を運営しています。これにより、富裕層を中心とする顧客の消費動向に関する膨大なデータを収集・活用でき、高い手数料を維持することが可能です。強力なブランドイメージと相まって、このビジネスモデルは競合他社が容易に模倣できるものではありません。バフェットが1960年代の「サラダ油事件」で同社を救済して以来の付き合いであり、ビジネスと経営陣を深く理解していることも、大きな投資を続ける理由です。
ポートフォリオから読み解くバフェットの「変化」と「不変」
バークシャーのポートフォリオは、静的なものではありません。それは、経済環境や市場の変化に対応しながら、バフェットの思考が進化していく過程を映し出しています。しかし、その変化の根底には、決して揺らぐことのない「不変」の原則が存在します。
「不変」の原則:ブランド、濠、キャッシュフロー
数十年にわたり、ポートフォリオの顔ぶれは変わっても、その選定基準の核は一貫しています。コカ・コーラ、アメリカン・エキスプレス、そして近年のアップル。これらの企業に共通するのは、消費者の心に深く刻まれた強力なブランド、競合を寄せ付けない経済的な濠、そしてそれらがもたらす潤沢で予測可能なキャッシュフローです。
バフェットは、複雑な技術や将来の夢物語ではなく、今現在、そして10年後も人々がお金を払い続けるであろう、シンプルで力強いビジネスを好みます。市場が短期的なニュースに一喜一憂する中でも、彼はこれらの企業の長期的な収益力に焦点を当て続けます。この「不変」の哲学こそが、バークシャーが数々の市場の嵐を乗り越え、驚異的なリターンを上げてきた原動力なのです。
「変化」する視点:テクノロジーとエネルギーへの大胆なシフト
一方で、近年のポートフォリオは、バフェットが新しい現実を受け入れ、自らの「能力の輪」を広げていることを示しています。
テクノロジー株(Apple)への転換
前述の通り、Appleへの投資は、彼のキャリアにおける最大の転換点の一つです。これは、彼が「テクノロジー」というセクターを再定義した結果です。彼は、Appleの製品がもはや単なるガジェットではなく、人々の生活に深く根差したプラットフォームであり、その価値はブランドとエコシステムにあると理解しました。これは、テクノロジーを避けていたのではなく、「理解できないビジネス」を避けていたという彼の原則が一貫していることを示しています。彼は、自身の理解が及ぶ範囲までテクノロジーが成熟し、消費者ビジネスとしての側面が明確になった時点で、大胆に行動に移したのです。
エネルギーセクターへの大規模投資の背景
シェブロン(Chevron)やオクシデンタル・ペトロリアム(Occidental Petroleum)といったエネルギー企業への大規模な投資も、近年の大きな変化です。これは、いくつかの要因が重なった戦略的な判断と考えられます。
- インフレへのヘッジ: インフレが進行する局面では、物価に連動して価格が上昇するコモディティ(商品)を生産する企業の価値は高まります。エネルギー企業は、その代表格です。
- 地政学的リスクとエネルギー安全保障: 世界的な紛争や供給網の混乱により、国内のエネルギー生産の重要性が増しています。バフェットは、米国経済にとって石油が依然として不可欠な血液であると認識しています。
- 資本規律の向上: かつてのエネルギー業界は、過剰な設備投資でリターンを損なう傾向がありましたが、近年は株主還元(配当や自社株買い)を重視する経営にシフトしています。バフェットは、オクシデンタルのCEO、ヴィッキー・ホラブの経営手腕を特に高く評価しています。
このエネルギーへのシフトは、バフェットがマクロ経済の大きな潮流を読み、ポートフォリオをそれに合わせて最適化していることを示しています。彼は単なる個別株の専門家ではなく、資本をどこに配置すれば長期的に最も価値を生むかを考える、優れた資本配分家なのです。
現金は王様:バークシャーの巨大なキャッシュポジションの意味
バークシャーのバランスシートで、株式ポートフォリオと同じくらい注目されるのが、その巨大なキャッシュポジション(現金及び短期国債)です。その額はしばしば1500億ドルを超え、多くのメディアやアナリストから「現金を遊ばせている」と批判されることもあります。しかし、バフェットにとって、この現金は単なる「待機資金」以上の、極めて戦略的な意味を持っています。
1. 最大の武器としての「オプション価値」
バフェットはこの現金を、市場がパニックに陥ったときに、他では得られないような有利な条件で投資を実行するための「コールオプション」だと考えています。彼は有名な言葉でこう述べています。
「他人が貪欲になっているときには恐る恐る、他人が怖がっているときには貪欲に。」
ウォーレン・バフェット
2008年の金融危機の際、多くの金融機関が資金繰りに窮する中、バークシャーはゴールドマン・サックスやバンク・オブ・アメリカに対して、非常に有利な条件で資本を注入しました。これは、手元に潤沢な現金があったからこそ可能だった取引です。市場全体が恐怖に支配されているとき、現金はバーゲンセールで素晴らしい資産を買い漁るための最強の武器となります。バフェットは、魅力的な投資先が見つからないからといって、焦って凡庸な投資をすることはありません。彼は、絶好の機会が訪れるまで、辛抱強く待ち続けるのです。
2. 究極の「安全装置」
バークシャーは、中核事業として巨大な保険事業を抱えています。ハリケーンや大地震のような巨大な災害が発生した場合、一度に数十億ドル、あるいは数百億ドル規模の保険金支払いを求められる可能性があります。どのような金融危機や大災害が起ころうとも、バークシャーが支払いを履行できなくなる事態は絶対に避けなければなりません。巨大なキャッシュポジションは、そのような最悪の事態に備える究極の安全装置(セーフティネット)としての役割を果たしています。
3. 高金利環境下での魅力的な「資産」
近年の金利上昇局面において、現金の意味合いは少し変わってきました。短期国債の利回りが5%を超えるような状況では、現金を持っているだけで、リスクを取らずに 상당한リターンを得ることができます。これは、株式のリスク・プレミアム(株式投資に期待される、無リスク資産を上回るリターン)が相対的に低下することを意味します。バフェットは、無理に株式市場でリスクを取るよりも、高利回りの短期国債で現金を保有する方が魅力的だと判断している可能性があります。これは、彼の「合理的な価格で買う」という規律がいかに徹底しているかを示しています。
バークシャーのキャッシュポジションは、臆病さの表れではなく、規律、忍耐、そして来るべき機会に備える準備という、バフェットの哲学そのものを象徴しているのです。
個人投資家がバフェットの哲学をどう応用すべきか
ウォーレン・バフェットの成功を目の当たりにして、多くの個人投資家が「彼のポートフォリオを真似すればよい」と考えがちです。しかし、それは最も危険なアプローチかもしれません。重要なのは、彼の「答え(ポートフォリオ)」をコピーすることではなく、彼の「思考プロセス(哲学)」を学び、自身の状況に合わせて応用することです。
13Fファイリングを盲信する危険性
バークシャーの13Fを参考にするのは良いですが、それを盲信してはなりません。前述の通り、そこにはタイムラグがあり、なぜ売買したのかという最も重要な情報が欠けています。バフェットがある銘柄を売却したのは、その企業の将来性に疑問を持ったからかもしれませんし、単にもっと魅力的な他の投資先を見つけたからかもしれません。あるいは、ポートフォリオのリバランスのためかもしれません。その理由を知らずに売買を真似するのは、羅針盤を持たずに航海に出るようなものです。
SEC EDGAR データベースで13Fを検索また、バークシャーの運用資産はあまりに巨大であるため、個人投資家とは全く異なる制約の下で動いています。彼らは、投資することで株価に影響を与えてしまうほどの規模の取引を行うため、流動性の高い大企業しか投資対象にできません。個人投資家には、バフェットが検討すらできないような、小規模で成長性の高い企業に投資できるという強みがあるのです。
自分の「能力の輪」を正直に定義する
バフェットの教えの中で、個人投資家が最も応用すべきなのは「能力の輪」の概念です。無理にバイオテクノロジーや半導体の専門家になる必要はありません。自分の職業、趣味、日常生活を通じて、他の人よりも深く理解している業界や企業があるはずです。その分野に集中し、知識を深めることが、成功への近道です。自分が理解できないものには手を出さないという規律を持つだけで、多くの失敗を避けることができます。
自分の能力の輪を見つけるための質問:
- 私はどの業界のビジネスモデルを他人に簡単に説明できるか?
- その業界の主要なプレーヤーは誰で、その競争優位性は何か?
- 10年後、この業界はどのように変化していると合理的に予測できるか?
- その企業の製品やサービスを、私は喜んで家族や友人に薦めることができるか?
ビジネスオーナーのように考える
株式を買うという行為を、単なるティッカーシンボル(銘柄コード)の売買だと考えてはいけません。それは、そのビジネスの一部分を所有するということです。バフェットのように、投資先のビジネスのオーナーになったつもりで考えてみましょう。
「この会社は長期的に収益を上げ続けられるだろうか?」「経営陣は信頼でき、株主のために働いてくれるだろうか?」「今の価格は、このビジネスの価値に対して割安だろうか?」
毎日株価をチェックして一喜一憂するのではなく、四半期ごとの決算報告書や年次報告書(アニュアルレポート)を読み込み、ビジネスの健全性を長期的な視点で追跡することが重要です。バークシャー・ハサウェイの株主総会や、バフェットが株主に向けて書く手紙は、この考え方を学ぶための最高の教材です。
忍耐こそが最大の武器
「株式市場は、せっかちな人から忍耐強い人へ富を移すための装置だ」というバフェットの言葉は、投資の本質を突いています。バリュー投資は、短期的な成果を約束するものではありません。素晴らしい企業を適切な価格で買ったとしても、市場がその価値を認識するまでには数年かかることもあります。その間、株価が低迷したり、時には購入価格を下回ったりすることもあるでしょう。
市場のノイズに惑わされず、自分が分析した企業の長期的な価値を信じ、忍耐強く保有し続けること。そして、市場が悲観にくれた時にこそ、勇気をもって買い増すこと。これが、バフェットの哲学を実践し、長期的に成功を収めるための最も重要な鍵となります。
結論:バークシャーのポートフォリオは哲学の鏡
バークシャー・ハサウェイのポートフォリオを深く掘り下げていくと、そこに見えるのは単なる銘柄のリストではなく、ウォーレン・バフェットという一人の投資家が、生涯をかけて築き上げてきた一貫した哲学の結晶であることがわかります。それぞれの銘柄は、その哲学の柱である「理解可能なビジネス」「経済的な濠」「有能で誠実な経営陣」「合理的な価格」という基準を、様々な形で満たしています。
Appleへの投資は、彼の哲学が現代のビジネス環境に適応し、進化する能力を示しています。エネルギーセクターへの賭けは、マクロ経済の潮流を読む洞察力を。そして、巨大なキャッシュポジションは、規律と忍耐、そして来るべき機会への備えを象徴しています。これら全てが組み合わさって、バークシャー・ハサウェイという巨大な船を、数十年にわたり正しい方向へと導いてきたのです。
我々個人投資家がこのポートフォリオから学ぶべき最も重要な教訓は、個々の銘柄選択そのものではありません。それは、自分自身の投資哲学を確立し、規律をもってそれを実行し続けることの重要性です。自分の「能力の輪」を定め、その中で経済的な濠を持つ優れた企業を探し、ビジネスのオーナーとして長期的な視点を持ち、市場の狂騒から距離を置く。この普遍的な原則を理解し、実践することこそが、ウォーレン・バフェットの真の叡智を受け継ぎ、長期的な資産形成を成功させるための唯一の道なのです。
バークシャーのポートフォリオは、これからも変化し続けるでしょう。しかし、その根底に流れるバリュー投資の哲学は、決して変わることはありません。その哲学を理解し続ける限り、我々は市場の羅針盤として、その動向から多くのことを学び続けることができるはずです。

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