半導体業界、特にプロセッサ市場は、常に技術革新の最前線にあり、投資家にとって最もダイナミックで魅力的なセクターの一つです。その中心で数十年にわたり繰り広げられてきたのが、Advanced Micro Devices (AMD) と Intel (INTC) の巨人同士の戦いです。かつてはIntelの圧倒的な支配が揺るぎないものと見られていましたが、ここ数年でその構図は劇的に変化しました。AMDは革新的な製品で市場シェアを奪い、Intelはかつての栄光を取り戻すべく大規模な戦略転換を図っています。この記事では、CPU市場の競争構図を深く掘り下げ、両社の技術力、市場シェア、財務状況、そして将来の戦略を徹底的に比較分析し、どちらがより魅力的な投資先となり得るのかを多角的に考察します。
この記事のポイント: 投資家がAMDとインテルのどちらに投資すべきか判断するために、両社の核心的な強みと弱みを深く理解することを目的とします。単なるスペック比較に留まらず、ビジネスモデル、将来の成長エンジン、そして潜在的なリスクまでを網羅的に解説します。
この競争は単なる技術の優劣を決めるものではありません。データセンター、人工知能(AI)、パーソナルコンピューティング、さらには国家の技術覇権に至るまで、現代社会の根幹を支えるテクノロジーの未来を左右する戦いです。投資家としてこの変化の波を捉えるためには、両社が現在どのような立ち位置にあり、どこへ向かっているのかを正確に把握することが不可欠です。本稿を通じて、AMDの驚異的な追い上げの背景にある真実と、巨大企業インテルが仕掛ける逆襲の全貌を明らかにしていきましょう。
第1章 技術的優位性の転換:アーキテクチャと製造プロセスの攻防
CPUの性能を決定づける二大要素は「アーキテクチャ(設計)」と「製造プロセス(微細化)」です。かつてIntelはこの両輪で他を圧倒していましたが、AMDが「Zenアーキテクチャ」で設計の革新を成し遂げ、製造を世界最強のファウンドリであるTSMCに委託するという戦略的判断を下したことで、パワーバランスは大きく傾きました。
Zenアーキテクチャの衝撃とチップレット革命
2017年に登場したAMDの「Zenアーキテクチャ」は、CPU市場のゲームチェンジャーとなりました。それまでのAMD製CPUは、性能面でIntelに大きく劣後していましたが、Zenはシングルスレッド性能とマルチスレッド性能の両方で飛躍的な向上を実現しました。特に画期的だったのが「チップレット」という設計思想です。
従来のCPUは、すべてのコアやI/O機能などを一枚の大きなシリコンダイ(モノリシックダイ)に詰め込むのが一般的でした。この方式は、ダイが大きくなるほど欠陥が発生する確率が高まり、製造の歩留まり(良品率)が低下するという問題を抱えていました。特に、コア数を増やして性能を向上させようとすると、この問題は深刻になります。
これに対し、AMDが採用したチップレット設計は、CPUの構成要素を複数の小さなチップ(チップレット)に分割し、それらを基板上で相互接続するアプローチです。具体的には、CPUコアを内蔵する「CCD (Core Complex Die)」と、メモリコントローラーやI/O機能を担う「IOD (I/O Die)」を分離しました。これにより、以下のような絶大なメリットが生まれました。
- コスト効率と歩留まりの向上: 小さなチップレットは、大きなモノリシックダイに比べて製造しやすく、歩留まりが格段に向上します。これにより、多コアCPUをより低コストで生産できるようになりました。
- スケーラビリティ: 必要なCPUコア数に応じてCCDの数を増減させるだけで、容易に製品ラインナップを拡張できます。この柔軟性により、コンシューマー向けのRyzenからデータセンター向けのEPYCまで、幅広い製品を効率的に開発することが可能になりました。
- 最適なプロセスの活用: 高性能な演算が求められるCCDは最先端の製造プロセス(例: TSMC 5nm)で、そこまで微細化が必要ないIODは比較的成熟した安価なプロセス(例: GlobalFoundries 12nm)で製造するなど、機能ごとに最適なプロセスを使い分けることができます。これにより、性能とコストのバランスを最適化できます。
このチップレット戦略は、特にデータセンター市場でIntelの牙城を崩す最大の原動力となりました。IntelのXeonプロセッサがコア数の増加に苦しむ中、AMDのEPYCプロセッサは圧倒的なコア数とコストパフォーマンスを武器に、クラウド大手(Amazon AWS, Microsoft Azure, Google Cloud)からの採用を次々と勝ち取っていったのです。
インテルの反撃:ハイブリッド・アーキテクチャとIDM 2.0
長年のライバルであるAMDの猛追に対し、Intelも手をこまねいていたわけではありません。彼らは2つの大きな戦略で反撃を試みています。それが「ハイブリッド・アーキテクチャ」と「IDM 2.0」です。
第12世代Coreプロセッサ(Alder Lake)から本格的に導入されたハイブリッド・アーキテクチャは、高性能を担当する「P-core (Performance-core)」と、高効率を担当する「E-core (Efficient-core)」という2種類のCPUコアを一つのプロセッサに混載する技術です。スマートフォンの世界ではARMのbig.LITTLEテクノロジーとしてお馴染みでしたが、x86 PCの世界ではIntelが先駆けて大規模に導入しました。
このアプローチの狙いは、タスクの種類に応じて最適なコアを割り当てることで、性能と消費電力のバランスを最適化することです。例えば、ゲームや動画編集といった負荷の高い作業はP-coreが担当し、バックグラウンドで動くOSのタスクやウェブブラウジングなどは消費電力の少ないE-coreが担当します。これにより、ノートPCではバッテリー駆動時間を延ばしつつ、デスクトップでは驚異的なマルチスレッド性能を発揮することが可能になりました。
Intelのハイブリッド・アーキテクチャは、AMDのチップレットとは異なるアプローチでCPUの効率を追求するものです。ソフトウェア(OSのスケジューラ)との連携が鍵となりますが、成功すればコンシューマー市場における競争力を大きく引き上げる可能性を秘めています。
もう一つの柱が、CEOパット・ゲルシンガーが掲げる「IDM 2.0 (Integrated Device Manufacturing 2.0)」戦略です。これは、Intelの伝統的な強みである自社での設計・製造(IDM)を維持・強化しつつ、外部のファウンドリ(TSMCなど)の活用も拡大し、さらに自社の工場を外部の顧客に開放する「ファウンドリサービス(IFS)」を本格的に立ち上げるという野心的な計画です。
この戦略の核心は、製造プロセス技術でTSMCやSamsungに追いつき、追い越すことにあります。「5年間で4つのプロセスノードを立ち上げる」という極めてアグレッシブなロードマップを掲げ、Intel 7, Intel 4, Intel 3, そして20A, 18Aといった次世代プロセスへの移行を急いでいます。特に、GAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術である「RibbonFET」や、チップ裏面から電力を供給する「PowerVia」といった革新技術を投入する18Aプロセスは、Intelが再び技術的リーダーシップを奪還するための試金石と見られています。
第2章 市場シェアの地殻変動:データセンターが主戦場に
かつてPC市場、特にデスクトップCPUにおいてはIntelのシェアが90%を超える時代もありました。しかし、AMDの復活以降、その勢力図は塗り替えられつつあります。特に、利益率が極めて高く、今後の成長の核となるデータセンター(サーバー)市場での攻防は、両社の命運を分ける主戦場となっています。
コンシューマー市場(デスクトップ&ラップトップ)の動向
コンシューマー市場では、AMDのRyzenシリーズが大きな成功を収めました。特に自作PC市場やゲーミングPC市場では、Ryzenプロセッサは優れたマルチコア性能とコストパフォーマンスで熱狂的な支持者を獲得し、一時はIntelのCoreシリーズを販売数で上回るほどの勢いを見せました。
しかし、Intelも第12世代Coreプロセッサ以降、ハイブリッド・アーキテクチャで性能を大きく向上させ、激しい巻き返しを図っています。特にゲーミング性能においては、高いシングルスレッド性能が重要視されるため、Intelが再び優位に立つ場面も増えています。ラップトップ市場では、Intelが長年築き上げてきたPCメーカーとの強力な関係性やブランド力(「Intel入ってる」でお馴染みのIntel Insideプログラムなど)が依然として強く、依然として高いシェアを維持しています。
注意点: コンシューマー市場のシェアは、調査会社や調査方法によって数値が異なるため、短期的な変動に一喜一憂するのではなく、長期的なトレンドを見ることが重要です。AMDがシェアを伸ばしていることは事実ですが、Intelの地盤も依然として強固です。
| 年/四半期 | Intel シェア | AMD シェア | トレンド分析 |
|---|---|---|---|
| 2018年 Q4 | 81.7% | 18.3% | AMDのZenアーキテクチャが浸透し始め、シェアを着実に回復。 |
| 2020年 Q4 | 73.9% | 26.1% | Ryzen 5000シリーズの成功により、AMDがデスクトップ市場でIntelを猛追。 |
| 2022年 Q4 | 68.7% | 31.3% | AMDが過去最高のシェアを記録するも、Intelが第12/13世代で反撃開始。 |
| 2024年 Q4 (予測) | 約65-70% | 約30-35% | 競争は激化。AI PCの動向がラップトップ市場のシェアを左右する可能性。 |
データセンター市場:AMD EPYCの快進撃とIntel Xeonの苦悩
投資家が最も注目すべきは、データセンター市場の動向です。この市場は、クラウドコンピューティング、AI、ビッグデータ解析の拡大に伴い、爆発的な成長を続けています。サーバー用CPUは単価が高く、利益率も非常に高いため、ここでの成功が企業の収益を大きく左右します。
長年、この市場はIntelのXeonプロセッサが99%以上のシェアを握る独壇場でした。しかし、AMDがチップレット設計を活かしたEPYCプロセッサを投入したことで、鉄壁の牙城に亀裂が入りました。
EPYCの強みは明確です。
- 圧倒的なコア数: 1ソケットあたり最大128コア(Zen 4cベースの"Bergamo")といった、Intel Xeonを遥かに凌ぐコア密度を実現。これにより、仮想マシンやコンテナを多数集約するクラウド環境において、サーバーの設置スペースや消費電力を削減し、TCO(総所有コスト)を大幅に改善できます。
- 優れた電力効率: TSMCの最先端プロセスを採用することで、性能あたりの消費電力(Performance per Watt)で優位に立っています。データセンターの運営コストの大部分を占める電気代を削減できるため、クラウド事業者にとって大きな魅力となります。
- 先進的なI/Oとメモリ: 最新のPCIe 5.0やDDR5メモリにいち早く対応し、高速なストレージやネットワーク機器との接続性を確保。データ集約型のワークロードでボトルネックを解消します。
これらの利点が評価され、Amazon Web Services (AWS), Microsoft Azure, Google Cloud Platform (GCP), Oracle Cloudといった世界の主要なクラウドプロバイダーが、こぞってAMD EPYC搭載インスタンスの提供を拡大しています。彼らは価格交渉力が強く、純粋な性能とTCOでプロセッサを選定するため、AMDにとって最も重要な顧客層となっています。結果として、AMDのデータセンター向けCPUの市場シェアは、ゼロに近かった状態から、2024年には30%を超えるまでに急成長しています。
一方、Intelは製造プロセスの遅延に苦しみました。特に「Sapphire Rapids」世代のXeonプロセッサは、度重なる延期の末に市場投入され、その間にAMDに大きく差をつけられてしまいました。Intelは現在、次世代の「Granite Rapids」や「Sierra Forest」(E-coreのみで構成)で巻き返しを図っていますが、一度失った信頼とシェアを取り戻すのは容易な道のりではありません。
第3章 事業ポートフォリオの拡大:CPUを超えた戦いへ
現代の半導体競争は、もはやCPU単体の性能だけで決まるものではありません。データセンターやAIといった複雑なワークロードでは、CPU、GPU(Graphics Processing Unit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、DPU(Data Processing Unit)といった様々なプロセッサが連携して処理を行う「ヘテロジニアス・コンピューティング」が主流となっています。この変化に対応するため、AMDとIntelは両社ともにM&Aを通じて事業ポートフォリオを積極的に拡大しています。
AMD:XilinxとPensandoの買収によるデータセンターソリューション強化
AMDは、CPUの成功に安住することなく、次の成長領域を見据えた戦略的な買収を行いました。その代表例が、2022年に完了したFPGAの巨人Xilinx(ザイリンクス)の買収です。
FPGAは、製造後に購入者が内部の論理回路を自由に書き換えられる半導体チップです。特定の用途に特化したASIC(Application Specific Integrated Circuit)ほどの性能や電力効率はありませんが、開発期間が短く、アルゴリズムの変更に柔軟に対応できるという大きな利点があります。これは、AIの推論、5G/6G通信、産業用オートメーション、航空宇宙防衛など、要件が急速に変化する分野で威力を発揮します。
Xilinxの買収により、AMDは以下のものを手に入れました。
- 製品ポートフォリオの多様化: CPU、GPUに加えて、FPGAと適応型SoC(System-on-Chip)という第3の柱を獲得。これにより、顧客に対してより包括的なコンピューティングソリューションを提案できるようになりました。
- 新たな市場へのアクセス: Xilinxが強みを持つ通信、産業、自動車、航空宇宙といった高利益率の組込み市場へ本格的に参入。これらの市場はPC市場よりも景気変動の影響を受けにくく、収益の安定化に貢献します。
- データセンターにおける競争力強化: EPYC CPUとInstinct GPU、そしてXilinxの適応型アクセラレータを組み合わせることで、AI推論やネットワーク処理、ストレージ高速化など、特定のワークロードを劇的に高速化するソリューションを提供できます。
さらにAMDは、DPU/IPU(スマートNIC)の有力企業であるPensando(ペンサンド)も買収しました。DPUは、これまでサーバーのCPUが担っていたネットワーク、ストレージ、セキュリティ関連の処理をオフロード(肩代わり)するための専用プロセッサです。これにより、CPUは本来のアプリケーション処理に専念できるようになり、データセンター全体の効率が向上します。この買収は、AMDが単なるチップベンダーから、データセンターインフラ全体を最適化するプラットフォームプロバイダーへと進化しようとする野心の表れです。
インテル:Mobileye、Altera、そしてファウンドリ事業への巨大投資
Intelもまた、CPUへの依存から脱却し、多角化を進めてきました。その中でも特に重要なのが、自動運転技術のリーダーであるMobileye(モービルアイ)と、FPGAメーカーのAltera(アルテラ、現在はIntelのPSG部門)の買収です。
Mobileyeは、先進運転支援システム(ADAS)の分野で圧倒的なシェアを誇り、Intelにとって自動車市場への重要な足がかりとなっています。自動運転技術は、膨大なデータを処理するための高性能な半導体を必要とし、Intelの長期的な成長ドライバーとして期待されています。
Alteraの買収は、AMDのXilinx買収に先立つもので、FPGAを自社の製品ポートフォリオに組み込む狙いは同じです。Intelは、Xeon CPUとFPGAを一つのパッケージに統合した製品などを提供し、データセンターのアクセラレーション市場での地位を固めようとしています。
最大の賭け「Intel Foundry Services (IFS)」: Intelの将来を占う上で最も重要な要素は、ファウンドリ事業の成否です。これは単なる多角化ではなく、Intelのビジネスモデルそのものを変革する試みです。もし成功すれば、IntelはTSMCやSamsungと並ぶ世界的な半導体製造受託企業となり、莫大な収益源を確保できます。米国政府によるCHIPS法などの強力な後押しもあり、地政学的なリスク分散の観点から、欧米の半導体メーカーがIFSを利用する動きも出てくるでしょう。しかし、ファウンドリ事業は巨額の設備投資と高度なノウハウが必要であり、既存の強力なプレイヤーとの競争は熾烈を極めます。これはIntelにとって、ハイリスク・ハイリターンな壮大な賭けと言えます。
両社の戦略を比較すると、AMDはCPUでの成功を基盤に、データセンター向けの周辺技術(FPGA, DPU)を固めることで、ソリューションとしての価値を高める「深掘り戦略」を取っています。一方、IntelはCPUの王座奪還を目指しつつ、ファウンドリという全く新しい(かつての自社の姿でもあるが)巨大市場に打って出る「全方位戦略」を展開していると言えるでしょう。
第4章 財務健全性と収益性の比較分析
技術的な優位性や市場シェアも重要ですが、投資家にとって最終的に重要なのは、それが企業の財務成績にどう結びついているかです。ここでは、両社の収益性、成長性、研究開発投資といった側面から、財務の健全性を比較します。
売上高成長率と収益源
近年の売上高成長率を見ると、AMDがIntelを圧倒しています。これは主に、データセンター事業とコンシューマー事業(特にRyzen)の急成長によるものです。特にデータセンター部門の売上は、EPYCプロセッサの採用拡大に伴い、四半期ごとに前年比で50%を超えるような驚異的な成長を何度も記録してきました。
一方、IntelはPC市場の低迷とデータセンター市場でのシェア喪失により、売上高が伸び悩む、あるいは減少する時期が続きました。しかし、事業部門が多岐にわたるため、売上高の絶対額では依然としてAMDを大きく上回っています。今後の注目点は、Intelのファウンドリ事業がいつ、どの程度の規模で収益に貢献し始めるかです。
粗利益率(グロスマージン)の逆転劇
粗利益率は、企業の製品競争力と価格決定力を示す重要な指標です。歴史的に、Intelは自社工場で製造することによるコスト優位性と圧倒的なブランド力により、60%を超える非常に高い粗利益率を誇っていました。これは「Intel税」とも揶揄されるほど、同社の収益性の源泉でした。
しかし、製造プロセスの遅延と競争激化により、Intelの粗利益率は低下傾向にあります。工場の稼働率低下や、競争力のある価格設定を余儀なくされたことが主な要因です。2023年には40%台前半まで落ち込む場面もあり、投資家に大きな衝撃を与えました。
対照的に、AMDはファブレス企業であり、製造をTSMCに委託しています。これにより、巨額の設備投資を自社で抱えるリスクを回避し、利益率の高いデータセンター向け製品や高価格帯のコンシューマー向け製品に注力することで、粗利益率を着実に向上させてきました。2023年には、ついにNon-GAAPベースの粗利益率でIntelを上回るという歴史的な逆転が起きました。これは、両社のビジネスモデルの優劣が、財務数値上でも明確に表れた象徴的な出来事と言えます。
| 指標 | AMD | Intel (INTC) | 分析・考察 |
|---|---|---|---|
| 売上高成長率 (YoY) | 高い (10%以上) | 低い/微増 (0-5%) | AMDはデータセンターとAIが牽引。IntelはPC市場の回復とファウンドリ事業の立ち上がりが鍵。 |
| 粗利益率 (Non-GAAP) | 高い (50%超) | 中程度 (45%前後) | AMDの製品ミックス改善が奏功。Intelは工場稼働率と価格競争が圧迫要因。 |
| 研究開発費 (R&D) 対売上高比 | 約20-25% | 約25-30% | 両社とも将来の技術競争力確保のため巨額を投資。Intelはプロセス開発費用が重い。 |
| 株価売上高倍率 (PSR) | 高い (例: 6-8倍) | 低い (例: 2-3倍) | 市場はAMDの将来の成長性を高く評価。Intelはバリュー株としての側面が強い。 |
| ビジネスモデル | ファブレス | IDM 2.0 (IDM + ファウンドリ) | AMDは身軽で高利益率。Intelは重厚長大だが、成功すれば巨大な参入障壁を築ける。 |
※上記数値は説明のための典型例であり、実際の四半期ごとの数値は変動します。
研究開発(R&D)投資と将来への布石
半導体産業は、研究開発が企業の生命線を握る分野です。両社とも、売上高に対して非常に高い比率の資金をR&Dに投じています。AMDは、Zenアーキテクチャの継続的な進化(Zen 5, Zen 6...)、次世代GPU、そしてXilinxの技術を統合した新しい製品の開発に注力しています。ファブレスであるため、R&Dの大部分を製品設計に集中させることができます。
一方、IntelのR&Dは、製品設計に加えて、製造プロセス技術の開発という重い負担を背負っています。IDM 2.0戦略を成功させるためには、TSMCに追いつき追い越すための莫大な投資が不可欠です。これは財務的には大きなリスクですが、もし最先端プロセスを再び自社で確立できれば、設計と製造の緊密な連携による最適化(Co-optimization)という、ファブレス企業にはない強力な武器を手にすることができます。
パット・ゲルシンガー (Intel CEO)我々は、IDM 2.0を通じて、世界にバランスの取れた強靭な半導体サプライチェーンを構築する。技術リーダーシップ、製造規模、そして顧客へのコミットメント、この三つを再びIntelの強みとして確立する。
第5章 投資家への提言:成長のAMDか、復活のインテルか
これまでの分析を踏まえ、投資家はどちらの企業に資金を投じるべきでしょうか。結論から言えば、その答えは投資家自身の投資スタイル、リスク許容度、そして時間軸によって大きく異なります。両社はそれぞれに魅力的な投資ストーリーと、無視できないリスクを抱えています。
AMDに投資する論理(The Bull Case for AMD)
AMDは典型的な「成長株(Growth Stock)」です。投資家は、同社が今後も高い成長を続け、市場シェアを拡大し、収益を伸ばしていくことに賭けることになります。
成長ドライバー:
- データセンター市場の継続的なシェア拡大: EPYCプロセッサの競争力は依然として高く、クラウド事業者や企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)需要が続く限り、成長の余地は大きい。
- AI市場への本格参入: NVIDIAが支配するAIアクセラレータ市場において、AMDのInstinct MI300シリーズは最も有力な対抗馬と見られています。特に、オープンなソフトウェア環境(ROCm)を推進することで、NVIDIAのCUDAエコシステムに対抗しようとしています。AI市場の爆発的な成長の恩恵を一部でも享受できれば、株価は大きく飛躍する可能性があります。
- Xilinx買収によるシナジー効果: 通信、産業、自動車といった多様な市場への展開が進み、収益構造がより強靭になることが期待されます。
- 軽快なファブレスモデル: 巨額の設備投資をTSMCに任せることで、資本効率の高い経営が可能。技術開発と製品設計にリソースを集中できる強みがあります。
潜在的リスク:
- 高い株価評価(バリュエーション): 市場の期待が既に株価に織り込まれているため、少しでも成長が鈍化すると、株価が大きく下落するリスクがあります。
- TSMCへの依存: 製造を単一の企業(TSMC)に大きく依存しているため、地政学的リスクやTSMCの製造能力に問題が生じた場合、直接的な打撃を受けます。
- IntelとNVIDIAとの二正面作戦: CPU市場では復活を期すIntelと、AI市場では絶対王者NVIDIAと競争しなければならず、常にプレッシャーに晒されます。
インテルに投資する論理(The Bull Case for Intel)
Intelは「バリュー株(Value Stock)」または「ターンアラウンド(事業再生)株」と位置づけられます。現在の苦境から脱し、かつての収益力を取り戻すというストーリーに投資することになります。
成長ドライバー(復活のシナリオ):
- IDM 2.0戦略の成功: 製造プロセスでTSMCに追いつき、最先端のチップを再び自社で製造できるようになれば、製品の競争力は劇的に向上します。これにより、失ったデータセンターのシェアを奪還し、粗利益率も回復する可能性があります。
- ファウンドリ事業の巨大な潜在力: IFSが主要な半導体メーカー(例えばQualcommやNVIDIA)から大型契約を獲得できれば、新たな収益の柱が生まれます。地政学的な観点から「脱台湾」を目指す顧客の受け皿となる可能性があります。
- 米国政府の強力な支援: CHIPS法による補助金や税制優遇は、Intelの巨額な設備投資の負担を軽減し、計画の実現可能性を高めます。
- 割安な株価評価: 株価は悲観的な見通しを織り込んで低迷しているため、もしターンアラウンドが成功すれば、株価の上昇余地はAMDよりも大きいかもしれません。配当利回りも魅力の一つです。
潜在的リスク:
- 実行リスク(Execution Risk): 「5年で4プロセス」というロードマップは極めて野心的であり、一つでも遅延すれば計画全体が頓挫し、信頼をさらに失う可能性があります。 - 莫大な資本的支出(CAPEX): 新工場の建設には天文学的な資金が必要であり、これがフリーキャッシュフローを圧迫し、財務状況を悪化させる可能性があります。
- 短期的な業績悪化: ターンアラウンドには時間がかかり、その間は低い利益率やシェア喪失が続く可能性があります。忍耐強い長期的な視点が求められます。
- ファウンドリ事業の難易度: ファウンドリビジネスは、単に優れた技術を持っているだけでは成功できません。顧客との緊密な協力関係、設計ツールのサポート、IPポートフォリオなど、TSMCが長年かけて築き上げてきたエコシステムと競争しなければなりません。
最終結論:投資家としての選択
最終的に、AMDとIntelのどちらを選ぶかは、あなたの投資哲学に帰結します。
AMDは、技術的な勢いと明確な成長ストーリーを求める成長志向の投資家に向いています。AIという巨大な追い風に乗り、データセンターでの地位を固める同社の将来性に賭ける選択です。ただし、高い期待値に伴うバリュエーションのリスクは覚悟する必要があります。
Intelは、現在の逆境を乗り越え、巨大企業が復活するストーリーを信じる忍耐強いバリュー投資家や逆張り投資家に向いています。IDM 2.0という壮大なビジョンが実現すれば、大きなリターンが期待できますが、それまでの道のりは長く険しいものになるでしょう。
どちらの企業も、世界のデジタル化を支える不可欠な存在です。この二大巨頭の競争から目を離さず、それぞれの戦略の進捗を注意深く見守ることが、半導体セクターで成功を収めるための鍵となるでしょう。

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